看護師を目指したきっかけ

看護師を目指したきっかけ

 

医療法人高樹会 ふじた医院 看護部 病棟主任  大塚 由紀

 

高校に進学するとき、友達は次々と自分の志望校を決めていく。将来何になりたいかも決まっておらず、みんな行きたい志望校がみつかっていくなか、自分が行きたい高校がみつからず、迷っていた。

 

私の親は看護師で何かにつけて「あれをしろ」、「これをしろ」と、親の言われるがままにしてきた。進学も結局、親の言われるがままに看護師という手に職がつき、今後の生活に困らないだろうという考えもあって看護科がある高校に進学した。

 

看護師になる為に勉強し実習を重ねていくにつれて、親の仕事でもある看護という職に誇りを持つようになった。

看護学校在籍中、海外ドラマの「ER」(救命救急)に影響をうけ、一人一人がスペシャリストとして患者さんにチームとして向き合っていく姿にあこがれ、どうしても看護の仕事につきたいと願った。

しかし、香川県には独立した救命救急センターはなく、親の反対を押し切って大阪の救命救急センターに就職。救急センターではICUに配属された。看護と勉強、多い機械、覚えることだらけに加え、今まで家事も手伝ったことのない私に、就職、自炊と初めての環境はとても辛かった。

なかなか心が前向きになれず3ヵ月ほどで退職し、実家にもどった。

1ヵ月程、海を見て自分を見つめなおしながら、おじいちゃんのびわを手伝う日々を過ごした。やっぱり看護職にもどろうと決意し、市の病院の看護師として就職した。

 

新人だった私に一から教えてくれたり、失敗した時にはご飯につれていってくれたりと頼もしい先輩達に育ててもらい、看護師としてやっていこうという気持になっていく。患者さんと会話をしながら行う看護にやりがいや、つきることのない勉強、患者さんから感謝されることを肌身に感じ、看護師になってよかったと思えた。

 

学会発表を経験し、チームでICTメンバーとしての一員をはたしていく中、看護師になって10年もすると責任がでてくる仕事が少しずつ多くなっていく。

子供を出産後は、外来勤務に配属され子育てと仕事の両立ができていたが、病棟勤務に変わると夜勤回数、時間外も増え、夜勤開けで保育所への迎えや、子供を寝さしてから、夜勤にはいるなど疲れがどんどんたまっていき、自分でもだんだんイライラするようになり、子供に当たることが多くなる。精一杯頑張ってきたが、自分でも自己嫌悪に陥り、子育てとの両立が難しくなり、子供との時間をもっとふやしたいと退職を決意する

 

そこで、ふじた医院と出会う。

再就職の不安は、ベテラン師長・やさしい主任さんとの出会いで消えていく。

理事長始め、職員全員で歓迎会をしてくれて恥ずかしい気持ちと一緒にとてもうれしかった。

院外研修では貴重な体験をさしてもらい、今まで親がいてしてくれるのは当たり前と思っていた事に対して、「ありがとう」の気持ちで接することの大事さを感謝する心をもう一度見直す機会となった。

全職員でコミュニケーションを謀る木鶏会は、新人だった私には他職種と交流をはかれる機会となり、すぐに病院になじむことができた。今では仕事を円滑にすすめていくことに重要な役割を持っている。

全体朝礼では、礼儀、あいさつを基本からきちんと行うため、患者様サービスに繋がっている。実際に就職してみて、以前就職していた給料とのバランスもよく、当直夜勤なので、夜勤回数が減り時間外が少なく子供との時間がとれ、今の私のライフバランスにとてもよくあっている。現在は主任になるまで育ててもらい、微力ながらふじた医院の看護師として力になれるよう努力中。ふじた医院出会えてとても良かったと感じている。